誰か地下室を創らせてください~~~

誰か地下室を創らせて下さいませんか?
自分の家で創ればいいではないかと声が聞こえてきそうです。

本当はそうしたいところですが経済的障害と敷地的事情があって無理なんです。
基礎断熱を始めてから監理をさせていただいている現場にて、時間経過で床下空間の温度変化を調べてみたのですが、岐阜県西濃地方の神戸町というところなんですが、夏で26度(摂氏)、冬で15度(摂氏)が平均的な温度でした。

基礎断熱というのは、ベタ基礎の外部側に断熱パネルを張り床下に換気口を付けないで、床下を熱的に外部と遮断した形になっています。いうなれば、地下室の背の低いのです。
地面から2mくらい掘って半地下空間を作り、窓は部屋の上部に取り付けてそこから風と光を取り入れるといった方法で、きっと夏も冬も地熱に包まれた快適な空間がつくれること受け合いです。

地熱の利用は大昔から朝鮮や韓国、ヨーロッパなどでもごく一般的に行われてきたことです。
地球の地殻は卵の殻のようで海で6km程度、陸地で10kmから30kmだと知ると、マントルの熱の影響が身近に感じられませんか。

また地下室が有ると耐震的にも有利に働きますよ。

基礎断熱を手がけてから地下室の施工データも集めていますので是非作らせてやってください。

本庄工業様に会いました



昨日、本庄工業の中川専務様とお話しするチャンスを得ました。

Jパネルを採用しているという共通点もあって、小生が勝手に盛り上がっていろいろお聴きしてしまった感がありますが、Jパネルの使い方のみでなく住まい創りに関しての考え方、木造の好きな建築主さんへのアプローチの仕方など共鳴する点を多く感じました。

過去の時代にあった建築に関わる専門便利屋さんのような立場をいとわず受け入れる考え方、暖炉などの共通の趣味的興味を持った方々との付かず離れずの交流の仕方、
独自の流れを見いだそうとする専門業者としての生き方など等々、何か小生の設計方針と共通するものを発見し、振り返ってこれで良かったと勝手に納得していました。

聞くところによると、本庄工業さんのイベントに同業材木屋さんが勉強にもみえたりもしていると聞き、地元工務店が日本の8割以上を占めるといわれるなか、これからの新しい工務店のあり方の示唆を感じました。

弱いものに味方したい症候群

昨日、大相撲では朝青龍関が優勝しましたよね、なんだか知らないけれど涙を見せていましたよね、しかし何か不自然で似合わなかったですよね、小生は一瞬あっけにとられてしまいました。
本人としては苦しい場面があったからでしょうが・・・・

何故かしら強いものには同情したくない気持ちになるヒネクレものでしょうか?
今回は琴欧州が勝つことを密かに願っていました。(彼の人柄に惹かれたのでしょうか)

選挙でもそうですが、いつも負けそうな候補に投票をしてあげています。(内緒ですよ)残念ながらやはり当選しませんが、自分としては充分満足しています、いいことをした気分で・・・・

何でもそうですが、勝利の祝杯に酔った経験を満喫したらそれでいいではないか、さっさと他の人にも味あわせてやれよと思ってしまいます。

自分が大将だと傲って、いつまでも居座る奴は心が汚れてそうで大嫌いです。
傲れる平家久しからずや、ではないですが・・・・

杉原家は平家の末端の末端の血を引いているらしいとある知り合いのホームページから知ったのですが、小生もその血が流れていて今でも源氏に恨みを持っている背後霊が憑いているのでしょうか?

なぜかしら弱い人の味方するのはスッキリします。
今問題になっている悪徳フォーム業者に引っかかりそうになった人を助けました。
助けたといっても、相談にみえた方へのある業者からの塗装見積を見せてもらって、あまりに法外だったので「高すぎますね」とアドバイスしただけですが・・・
でも気分がスッキリしました。

みなさんも注意してください。言葉巧みで上手らしいですよ。

今日はまとまりのないことを書いてしまいました、すみません。

アイシネン気密断熱システム

今日はちょっと堅い話ですが、実質的で建設的です。
日本ではマイナーな存在の気密断熱システムかも知れませんが、「アイシネン気密断熱システム」という工法をご存じでしょうか?
専門家でない方で「知ってる、知ってる」なんてうなずかれる方がいらしたらビックリです。
この工法を知るまでは、みなさんも一度は新聞などでご覧になったことのあるような「外張断熱」や「内(軸間)断熱」という2大政党のように対立して論を戦わせている(正確にはテリトリー争いかも)大きな棲み分けが存在していますが、それらばかりに目がいってました。

小生も断熱を本格的にかじり始めたときは、室蘭工大の鎌田先生や南雄三さんの本を読んで研究してみたりして外張り断熱が理想に近いと考えていましたし、実際に設計に取り込んで実践してきました。
もちろん効果も実感できましたが、理想を追求するあまり、その複雑さや機械に頼りすぎていたりするのが気になっていました。
またプランが画一化する傾向があったり、現場管理の善し悪しが完成後の性能を落としたりしている現実の例も耳に入ってきていました。

本来、理想的な工法はもっとシンプルで分かりやすいのが真実であるべきだということに気が付き改善を考えていました。

断熱というのは建物内外の熱エネルギーの主に伝導や輻射による移動を押さえる効果、気密というのは建物内外の空気の対流による熱移動を押さえる効果、換気は建物内外の空気の移動をコントロールする役目といわれています。
暖冷房費を押さえるには基本的なこの3つをどう組み合わせるかです。

元来、寒冷地からはじまった高気密高断熱ですが、東海地方では冬の暖房ロスを逃がさぬように閉じたときには室内外の温度差が激しくないため、断熱性能よりは、より高気密が重要な要素となり、空気の移動による熱ロスを管理出来た方が効果が上がるということに注目しました。
また、熱の移動を押さえるには気密により空気に運ばれる熱を制限した方が良いという北米での理論にも同感したからでもあります。

外張り断熱には躯体内を通気して夏の涼しさを得ることを提唱している工法もありますが、気密性能が得られるのであれば体感的な涼感を得るように躯体内ではなく室内の通風の効果を目指した方がより原点に近く自然で良いと考えました。

すなわち高断熱高気密は東海地方では夏を旨とすべしとすれば冬は暖かく過ごせるいうことかもしれません。

涼感を得る通風に配慮したり、日差しを遮るのは昔から当たり前にやってきたことですが、何故か最近の住宅は庇をわざと短くして熱を入りやすくしておいて高価な熱反射ガラスを使ってみたり、風の通らないプランを率先して作ってしまっています。
単純で分かりやすい通風や日射遮蔽を先に書いた気密の効果に組み合わせることも考えています。

このあたりの理解には、もっと多くの字数が必要だろうと思いますがこのくらいにしておきます。

こんな思いを結晶させたのが「風を感じるオール電化」や「パッシブソーラーとオール電化」です。

てんでもうかりまへんわ、響きの大きさ

以前もご紹介しましたが、普段が四角四面の世界に住んでいるせいか、吉本芸人のお笑いテイストが大好きです。かのHGハードゲイが住谷正樹という吉本芸人であることはご存じでしたか?

彼のとっておしもないアクの強い笑いに我が家の娘などは大うけです。
気分の暗さを吹っ飛ばす力が潜んでいるのは事実で、毎日堅い授業に几帳面なノートをとっている娘の気持ちを考えるといじましく分かってしまいます。

そして彼のようなとびっきりブレークスルーしてしまうエネルギーで、大阪人の口から出る「てんでもうかりまへんわー」と笑い飛ばす言葉にもまた本当に勇気づけられます。
残念ながら、これに匹敵する岐阜弁はみつかりません。というか岐阜人は堅実で真面目すぎて考えも及ばない領域の感覚で、そんなニュアンスの生まれようのない地方性だと、岐阜人の小生は確信してしまいます。

はっきり言って、設計監理という職域はお金にはなりません。というよりお金にしようとする人には向かないでしょう、そしてお金そのものに価値観をもっていらっしゃる方には絶対この世界には入らないようにいつも忠告しています。
裏を返すと、百歩ゆずってもお金よりものずくりの生き甲斐を優先してとってしまうような人間でないと仕事を依頼した方がきっと迷惑をこうむることになるだろうということは明白です。

この世界を30年以上見せつけられてきて、間違ってお金儲けにこの世界に来た人にはお気の毒でなりません。
そんな人に「もうかりまへんわー」なんて笑い飛ばしながら、赤字と分かっている仕事に立ち向かってゆくエネルギーは出てくるのでしょうか?

この「誘われる平屋」と題した住宅の底抜けに明るい建築主のさんに教わったエネルギーの出し方です。

現場と事務所の往復の毎日

設計事務所経営者の毎日は、現場と事務所の往復で明け暮れます。もしそうでない方が居るのならば、すでに設計という言葉を忘れかけているに違いありません。
実は知り合いにもそれとおぼしき方はおられますが、批判めいた言葉は出しません。

どんなに大建築家でも、現場へ足を運ばせて空間イメージを膨らませて、考え方の触手を建築以外のいろんな分野にも向けて、時代の流れを読み込んだ象徴的な建築物や空間表現を生み出してゆきます。またそれをみなさんもご存じの意味不明な文章で表現されておられます。(意味不明は余分ですか)

現場で起きたいろいろな出来事や思いは、次のステップへの大きな糧になることが多く、貴重なデータになってきました。
設計上の教訓だけではなく、夜中までパソコンに向かうだけの地味な時間がモノクロだとすれば、現場監理は広く人生のカラーリングをもしていってくれる時間なのです。

そんな思いをログに残したくて、自己満足の監理記録を作りました。

是非、読んでみてください。

竹フローリングの感触



竹のフローリングをご存じですか?
「風とオール電化」と題したこの住宅では竹のフローリングを使用してみました。

ムク材のフローリングに人気が集中していますが、設計の立場からいつも確認事項として申し上げているのが「キズを気にしないですか」ということです。
ミーハー気分でムクフローリングを希望され、材種をよく知らないと後悔をすることになるからです。

もちろんムクの材料はフローリングに限らず捨てがたい安らぎを感じさせてくれますが、人間の肌と接するときにはそれなりの処置と心構えが必要です。

竹という素材も昔より親しみ深い存在でもあり、硬くて水に強いのがムクの素材より優れた点でしょう。
また広く環境保護や省エネルギーにも一躍を担う存在でもあります。

現在の小生はこの竹の利用方法をムク板と合わせて考え、工夫を凝らして使ってみています。

洗面所とは個室でしょうか?



最近は住宅各室の役割?というより各スペース、各空間ごとの役割を考えてみています。
みなさんは洗面所、いわゆる浴室の前室をどんなスペースだと思われますか?

人間の生活習慣としてとらえると、お風呂に入る前のプライベートな準備スペースだから、隔離出来ることが最優先でそれ以上の工夫というか機能をプラスすることを拒否しがちではないでしょうか?
だから、ほとんどが廊下から90度にドアを隔ててターンした位置で視界を遮る場所にほとんどが設置されています。

だけど洗面や脱衣、洗濯という行為のくくりで眺め直してみると、家族全員が使い易い位置にほしいとは思いませんか。
それを簡単明瞭にしてしまったのが、こちらのSさん宅です。

写真で見て頂くと、直線的に幅の広い廊下のように見えているのは、手前から台所、室内物干し、洗面脱衣、浴室の順にほとんど同じ幅で連なっています。
人の動きを考えてみると簡単明瞭な解でしょう?!

解釈を拡大すると通り土間にフローリングを張ったような感覚で楽しいですね。

中庭がもつ意味

中庭というと何を思い出されますか?
多くの方が京都の町屋の風情を思いだされているのでは無いでしょうか。
では、その風情だけですか?お気に入りなのは?

設計者の中には、住宅で囲われたその空間は耐震的に良くない、と一刀両断に批判の対象にしてしまう方が、特に最近は多く居ます。
だけどそれだけの見識にプラスして町屋の風情くらいを上げる設計者ならば、住宅の設計は契約されない方がいいですよ。

この建物のこの中庭に対する建築主さんの評価は、三つありました。

画像をご覧になると凹形状になっていることがお分かりだと思いますが、この中庭デッキの奥が居間になっております。
まず一つは、居間周辺がまんべんなく明るく過ごしやすい。
二つ目は、敷地周囲が広いので視線を気にしなくて良い方向を与えられており、気持ちが休まる。
三つ目は、意外と奥まで風が通るので涼しい、ということでした。

京都の町屋もゴチャゴチャしたイメージがありますが、風の上昇があり涼しい風通しがあると聞いておりますし、建物の凸凹がもたらす心地よい現象を逃さない手はありません。
設計者としては、耐震性を確保した枠の中で、こんな楽しみを感じさせてあげたいものです。

こちらのお家の週末は、このデッキにテーブルを出して、家族みんなで小パーティーをすることが多いそうです。

床下空間は恐ろしくて覗けなかった?




あなたのお宅では床下部分はどんなですか?
ネズミの天国で人間世界ではないのでしょうか?
覗いたこともない?怖くて覗けない?

そんなことないよ、ちゃんと生かしてあるよ、といわれてもせいぜい台所の床下収納庫程度ではないですか?

実は、映ってないのですが、この家の下には、大地下道ならぬ快適な床下空間が広がっており、
床上と温熱環境が大差ないので、お昼寝室や地下物入れになっているのです。

床下は90センチとってあります、これは基礎断熱工法を取り入れてあるからです。

何度も繰り返しますが、この工法は床下を室内と同じ環境とすることが出来ますので、計画の仕方ではかなり得しちゃったと思える場合もたくさん考えられます。

なぜかしら、ご当地揖斐川町ではこんないいこと知らない工事屋さんばかりで、残念でなりません。やっぱり石頭は可愛そうです。

人に教えると損しちゃうから、これ以上詳しい話は書きません。

和室の新利用術

和室って何のためにあるんでしょうか?考えてみてください。
小生の住む町、揖斐川町に限らず東海地方一円では、田の字プランといって8帖程度の和室を住宅の西側に田の字のように4室をしつらえる慣習が、今も根強く残っています。

この田舎にもあちこちに葬儀ホールや立派な葬祭もできる火葬場が出来てきて、その流れも変わりつつあるようではありますが。
ただ、自宅で冠婚葬祭をしなくてよくなったとそれだけを理由にして、「もう必要ないだろう」とプランから外してしまうのは一抹の寂しさが残ります。

我が家では和室は仏間となっており、普段でも8畳の中央に座卓が一つあるだけの状態です。まさに数寄屋の座の世界を温存してあり、気が滅入っているときなどは入って中央に寝ころぶと落ち着くものです。

高校生の娘は、自室ではなく風通しのよい広々した和室の中央に座って(我が家の主人のように)勉強しているのを見ても、やはり気持ちの落ちつく空間であることには間違いがないようです。

周囲に生活ツールが固定されてしまう洋室のしつらえに比べると、今風に言えばフレキシブルな畳敷き和室空間には、日本人の知恵が宿っているようです。

以前、お話しした「ハレとケ」のつかの間のハレが味わえる空間でもあるようです。

今日は綺麗にまとめれてちょっと満足です。杯、ひろし

瓦屋根は平屋が原点

瓦屋根のデザインを考えるときにいつも思うのは、平屋にならないかということです。
もちろん建築主の意志を無視するわけではないのですが、瓦の美しさをいちばん引き出せるのは、どうしても富士山のようになだらかで柔らかな曲線が、中途半端な垂直ラインが入らない状態で、地面に消えてゆくように見えることです。

プランの関係で平面的な凹凸が出てくるようでしたら、山並みが重なるようなイメージを描きつつマトメを試みます。(参考デザイン:K邸
ただ多くの場合は敷地の制約から2階建てになりがちでいつも残念賞です。

ところが思い入れは消えることが無く、2階建てになってもやはり平屋の残像が残るような姿になっていることが多いようです。(参考デザイン:T邸

それが証拠によくこんなことを人に言われます。
ご案内して現地を離れてから「あれ、今の家は2階建てでしたっけ」と・・・・

瓦デザインのコンペでは、かなり媚びたデザインや目立つ物件の話題性が優位を占めるようですが(瓦の宣伝ですから当然かも)本来はその美しさを引き出せる使い方を賞賛してほしいものです。

2階建てでも、その美しさを引き出す秘策があります。
・・・・・・それはヒロシの秘密です。(冗談ではなくあるんです)

建築設計者も所詮人の子

建築設計者にも生活があります。ところが食べてゆけないと設計料率ばかりに拘ったり、営業行為(仕事を手中にするための)にばかり走っていたりしていると、本来の設計者としての輪郭が崩れ、一つの設計事務所を率いる立場であるにもかかわらず、自分の仕事に対する意図に一貫性が無くなり、現実の仕事に追われるばかりで、せっかく竣工の日を迎えても建物を前にして空しい後悔に襲われるはずです。

すなわち、その空しさを感じてこそ、本来の姿であると確信しています。

そんな繊細さを持ち合わせていない設計者は、きっと創ることには魅力を感じていないはずで、敏腕の営業マンであることに生き甲斐を感じているはず、設計チームの長としては好ましくないのではないでしょうか。

小生の周囲にもそんな存在がチラホラ見かけられますが、自分の価値観を他人に押しつけるのだけはやめてほしいものですね。

また、考え方がそれぞれの設計者でモザイクのように微妙に食い違っているのも面白いかもしれませんが。

デザインが良いからとそのまま自分の敷地に持ってきても無理

テレビ組や雑誌で見て気に入ったデザインを採用したいと、そのまま強引に(ご本人は強引と考えてみえない)ご自分の敷地に当てはめてみようとされる方は、多くいらっしゃると思います。
何も考える手だてのない状態からのスタートですから当然の行為ですが、設計者という立場から見ると、そのまま計画の進行されて終わってしまえば、かなりもったいなくて悲劇的状態でしょう。

いわゆる間取りという使い勝手ばかりが優先されており、自然の条件、特に季節ごとの風向や日差しの具合、などの立地条件が生かされていなかったりすると、金銭的にも初期の建設費ばかりの節約だけに終わっておりもったいない話です。

わかりやすい例では、小生の家は建ってから20年経過しますが、夏にエアコンを使用したのは数年も無いのではないでしょうか。(エアコンは一応設置されていますよ)
仮に15年間使用していないとすれば、その間の電気代は「得しちゃった」ですよね。
これはごく単純に風の通りが良いプランになっているからに他なりません。

ただし、これには地方性がありますが、小生はここで公開されているアメダスのデータを使用させて頂いたりして、立体的に風の季節ごとの入り口出口、取り入れ方向などや日照の時間や方向を検討項目に入れています。

こんな中から生まれたのがこの住まいです。


建物に風を入れよう

以前、自立環境型住宅にて紹介をさせて頂いたことに関連性のあるお話しです。

構造の耐震性という観点からは、建物の平面形が整形であることを重要視していますが、夏の涼しい風を取り込むには、長方形のような平面的に安定したプランというだけではなく、ある程度の凸凹を取り入れることを考えに入れなければなりません。
古くは「曲がり屋」などはよく知られた工夫ですが、たとえば東面にウイング状の壁を取り付けたり、片開きの窓を風の向きを考慮しつつ配置したりといった具合です。
また、古くより専門家の研究対象ととなってきた分野なのですが、残念なことにスポットライトの当たることもなかったようです。
小生も関連図書を探してみたのですが、見あたらなかった時期が永く続きました。

「風を感じるオール電化」では、これらの工夫は耐震性を阻害するほどのことはなく取り入れることが出来ています。

工事費のかからない、何でもない簡単な工夫からはじめることが本来の省エネ対策ではないかと思います。

選挙から一夜明けて

衆議院選挙から一夜明けて、小生としては、有権者としては当然の結果では無かったかというのが正直な感想です。
小泉さん自身は期待を上回る結果でした・・・とのことでしたが。

有権者のひとりとしては、何年も、いや何十年も、現状を変えると言いつつ変えることも出来ずに交代していったリーダーとは違うぞ・・・という期待の固まりが、あの議席数を与えたのではないでしょうか。
うやむやにされずに、きっぱり行動に出る彼を突き動かす歴史が後押しをしているようにも感じてしまいます。

(私事ですが、小生の家族にも有権者が2人増えたのですが、彼らも率先して、行ってこなきゃ・・・と投票所に出かけました。)

リーダーの考え方、与党政党の考え方が変わってゆくのは、世の中の考え方、特に小生としては建築に関する事柄についても影響を与えてゆくことに注目をして見守りたい思いです。

屋根と台風・その2

毎年、ここのところ台風の性質が変わりつつあるのを感じているのは小生だけではないでしょう。
台風が強大化しており、例年のごとく大きな被害を国土にもたらしていきます。

地球の温暖化により海水の対流や空気の対流が激しくなった自明の理だと科学者は説明してくれますが、指をくわえてみていても仕方がありません。

屋根の材料には瓦を、というのがこの地方(岐阜県)ではひとつのステイタスになっています。
確かに古来より瓦屋根は日本の原風景には欠かせないものの一つですが、この気象の変化を目の当たりにすると、考え直してみないといけないのでは無いでしょうか。

耐震性を高めるのに建物の重心を低くするという方法があります。
また風圧を受けた際に飛散の可能性を低くする必要があります。
省エネルギーの観点からも屋根に当たる太陽光を跳ね返す必要もあります。
これらを満足させるために、フッ素樹脂鋼板の加工品を使用するという判断も取り入れるようにしています。

今年7月に完成したこの住宅はそんな思いを込めて金属板(フッ素樹脂鋼板)の屋根としました。

設計者を決める方法

設計者を設計費用の入札金額で決めるのは何故でしょう?

と言ってみても、「税金を投入するんだから当たり前だろう」とおっしゃる方が大半でしょうね。

ところが一方で設計行為に対する評価基準に金額の低さを入れること自体何かおかしなものを感じませんか?

工事費は市場という器の大きさがバックに構えていますが、設計の質は設計者の資質と手間のみがそこにあるだけで、工事費とは根本的に異質なものと思います。
小生はこれに悩まされて20年以上が過ぎようとしています。

設計者の評価方法は田中角栄さんが間違えて設定してしまったようにも思います(笑)、最近ではこれを見直そうという動きも見られているようです。

行政に対して無償でのサービスを営業の手段にしている設計者もあとをたたないようですし、これに甘えている側も何か混沌とした悩みを抱えていると聞きます。

「現実がそうなんだから仕方ない」という言葉は今の政治を許し続けてきた「ゆでがえる」のような国民性のせいでしょうか。

今回の選挙は多くのことをカエル(変える)チャンスにしたいですね。
ひろしの自虐ネタ・・・・・

選挙も設計も残り3日

衆議院選挙の投票日まであと3日です、小生の設計図のマトメの時間もあと3日です。
実施設計の図面のマトメ作業は、事務所の若い子に任せずに自分自身でまとめるのが小生の主義です。

経営に欲のある設計者には、こんな効率の悪いやり方は考えられないことでしょうが、設計の中身を確実に押さえて自分の設計意図を反映出来るのは、建築主との打合せのやりとりが充実してきて内容が固まってきた実施設計の最終段階がまさに好機なのです。

こんな最後の勝負の3日を人に任せてしまう設計者には、悲しい印象を持っていしまいます。

(今回のような大きな方針を握る国政の選挙では、普段の人間関係やしがらみで投票したり応援したりすることは間違っていますし、ましてやそれはさておきと設計のマトメを放り出して選挙事務所へ応援に駆けつける行動は生き方に合いません。
応援は投票そのものでするのが正しいと信じてやみません。)

他人の設計を見ていて、何かしら個性が結実してないなと感じる建物はこの実施設計の「最後の3日」を軽んじてしまっていることをどの設計者も感じているはずです。

屋根と台風

設計現場での屋根に関わる思い出にはたくさんあります。

強烈なのは台風が吹き付ける中で屋根の瓦が浮き上がる様子を目の当たりにしたこと。
屋根の形状が切り妻といって東西に棟があり南北に勾配が流れている最もポピュラーなものがあります。
この岐阜の西濃地方では南面から風が吹き付けることが多く、したがって北の流れでは瓦を持ち上げるような負圧がはたらきます。
まさに構造計算の授業で受けた風圧の係数の根拠を目前にしたことになります。
屋根のどのあたりがどんな具合に持ち上がるかはビデオ再生のようにハッキリ記憶に残っています。

見た建物は小生が以前設計した屋根ですので、念のため付け加えておきますが、屋根が飛んでいったということではありません。
それは土居葺きといって土の上に瓦が並べる旧の工法でしたので、瓦だけが浮き上がった状態になっただけでした。

地元の某有名人から「屋根の杉原」と呼ばれている手前(点前みそかな)、いい加減な仕様はできませんし、かえって神経質に監理しています。

今日は屋根と台風だけで終わりそうです。
もっと面白いエピソードもまた披露します。

私の請負契約はキチンと実行されているの?

建築現場で監理を担当させて頂いていると本当にいろいろな建築業者さんをみかけます。(参考ページ
最近話題になっているような悪徳リフォーム業者は特例中の特例で小生の身の回りにはいないのですが、面白いくらいに考え方に差異がみられます。

伝統的なまかせろタイプで施主さんに意見を言わせないようにしてしまうタイプ、意見は聞くが追加工事に持ち込んでしまうプレハブメーカータイプで別名オプションタイプ、田舎に多いのは親戚主張タイプ、このタイプにかかると施主が知らぬ間に親戚さんになってしまってます。
言わなくても分かるだろタイプもいました、小生が一番苦手なタイプです。
笑い話にならなかったのは勝手に施主と小生が親戚になっていて、施主様のご親戚のご不幸に何故現場にいるかと噂されたときでした。・・・これはさすがに親戚でないことを説明しておきましたが。(笑)

工事の雰囲気を盛り上げる材料としては楽しい一面もあるのですが、日本人の甘えの構造の一面を代表するような話が、小生の住む揖斐川町や岐阜県西濃一円の建築現場にはたくさん転がっています。

それもこれもみんな信用を得るための涙ぐましい努力の固まりですが、ただ残念なのは実際の工事内容の充実や管理能力で示して信用獲得に至ってないことです。

「親戚商法」などではなく、こちらを優先した現場進行ができると、おかしな話題が先行して施主さんが工事に参加していない気分になってしまい、「契約はキチンと実行されているんでしょうか」なんて冗談が飛び出てこないようにしたいものです。

またこんなときの本来の軌道修正の役目にも一役かっているのが監理者であることを忘れないでほしいものです。

ハレとケ

ハレとケという言葉をお聞きになったことはありますか。
単純明快に言ってしまうと、日常と非日常でしょうか。
毎日繰り返されるお勤めがケ、たまの旅行がハレ、でしょうか。
人間はケの繰り返しのなかにハレの日があると気分も晴れて活力を取り戻す動物ですね。
もっとも、毎日がハレの人種も最近はいるようですが、このあたりは余談になりそうなので遠慮します。

プライベートな時間を過ごす空間も人間には不可欠です。
家族という集団自体がプライベートな単位と考えて、やたらオープンな空間を作ってしまう設計者もいますが、何か精神衛生上よろしくないように思います。

住まいは気まぐれに、しかも気分転換で作ってしまうものでもないと思いますし、やっぱり室内の通風も環境衛生上不可欠という側面もありますが、
「住まい手側で自由に空間を区切ってしまいましょう」なんて格好のいいことをいっても、それは設計者のマスターベーションの象徴的言葉で、住まい手としてはある程度はプライベートな区切を用意しておいて欲しいようです。

ハレとケがたとえば一ヶ月単位でやってくる家族があるとすれば、プライベートな空間は一日単位でやってくるハレとケを区切ってやるスペースでしょう。
それは家族のひとりひとりのプライベートな時間も持てるように・・・・

無垢材の香り



ある日の現場打ちあわせでの出来事をご紹介します。
木造の現場では木材の端材が「ゴミ」として出ることがあります、これは当然のことですが偶然を生み出すこともあるのです。

木材は不純物を含んでいないので、暖炉やたき火の焚き物には最適です。
建て方の後に残った端材がゲートボール練習場へ冬の暖をとる燃料として嫁入りしてゆきました。
近所の方が暖炉の焚き物に持ってゆかれたこともありました。

子供にはヒノキの香りは敏感に解るのでしょう。(大人でも解りますが、純粋に喜んでくれます)
建築主のお子様が、建て方の終わった現場でアチコチの柱の香りを嗅ぎ、「いいにおいがする」と何回も教えてくれます。

小生の経験でも、冬の現場で大工さんが始めたたき火の燃える臭いも郷愁があって忘れがたいものがありました。

環境にやさしくと現場での残材を出さないことを奨励していますが、思いもかけない副産物が生まれ、いろいろなリサイクルがされています。

法令で金縛りになるリサイクルではなく、昔あったようなやさしいリサイクルが出来てゆくもの木造の現場で教えてくれる気がします。

新様式・明秀寺

以前ご紹介させて頂きました新様式の太谷派寺院の明秀寺様のお話です。
岐阜では珍しい存在でも他県へ行けばあちこちで散見しますので「和便器と洋便器の違い」なんてちょっと不謹慎な例えをしてしまいました。

新様式と呼んでいますが、この呼び方は京都の全国に名の知れた仏具店様で小堀仏具の担当の方からお教え頂きました。
単に「従来の伝統的パターンではない寺の作り方」といった軽い意味ではないかと思います。

和便器と洋便器という例えはご住職の奥様とお話ししていてふっと出てきた話です。

時代の流れ、種々の環境、門徒様のことを考えるとこの様式がマッチしているという判断は、小生共のような設計者がある時代に受けた「受難」、すなわち和便器をすべて洋便器に変えてしまったことにより、実は体に負担無く使いやすいのにもかかわらず「こんなところで用がたせるか」とお叱りを受けたことと何か共通点を感じました。

洋便器もほどなく時代の承認を受けていったように、新様式も同様に時代の承認を受けて、自然な流れになってゆくよう思えます。

いったいどのくらいが妥当な予算設定か?

うちの場合はどのくらいが妥当な金額なんでしょう?と訊ねられることがあります。
建物を計画される場合、コストを最優先にしたいケースとそうでないケースが存在します。中にはコストを最優先にしないでどうするの?とお思いになる方がいらっしゃるかも知れませんが、ビジネス関係を主目的にする場合を除いて、実際はコストが優先順位として2番目というケースが多いのではないかと思います。

だからこそ、よけいに現時点の景気動向において妥当な金額というのは当然のごとく気になるわけです。
ところが残念ながら、これが間違いないという設定法は存在しないのです。
冗談ではなく、建築コストの専門家もそれを「何年研究しても判明しない」と言い切ってはばかりません。

結局のところ、小生の場合は過去の多くのケースから割り出されてくるデータから検討を加えて、基本設計段階での予算表示に使用しているという方法をとっています。

逆に、コスト専門家や国の研究財団法人に「確かな数字を出す方法はないよ」というお墨付きをもらって、自分なりの方法に確信を持ったということです。

参考までに(財)建設物価調査会という機関を紹介しておきます。
こちらには「JCBI」という全国版の建物別マクロな価格情報を無料で提供してくれるページもあり、リアルタイムな統計値を得ることもできます。

納得できる数字を探してみてはどうでしょうか。