家族の意志を集約した家創りをしたい

家族の意志を集約して尚かつ時代にマッチした間違いのない家創りをしたいとお考えの方はたくさんいらっしゃると思います。
理想と夢はたくさん語れても現実問題としてそれらを最大限実現に近づけるには、どんな道を辿ればいいのやら?
ハードルがたくさんありすぎて困り果てておられた方もいらっしゃいました。

そんな煩わしさは避けたいとハウスメーカーに任せたらとんでもない手抜き工事だったり、信頼している工務店さんに任せたら工事はシッカリしていたが希望と大きく外れてしまっていたりします。

予算作りという作業ひとつとっても、工務店のそれと設計事務所のそれとはその性質が大きく違います。
仮に文字面がまったく同じだったとしても、工務店の予算書は交渉材料のひとつであり、設計事務所の予算書は道しるべなのです。

だからいつも「あまり気負いせずに眺めてください」と言いながら見せています。
このあたりが象徴的な相違です。

そして、家族会議には小生も加えてもらっています。
建築の専門家だからと100パーセント任せられても困るからです。
ご家族の意見を図面という言語で書き換えてゆくための通訳がそばにいると思ってください。

こんな一問一答集も参考にしてください。

自立環境型住宅・その2

昨日に続いて自立環境型住宅の概要をさらに整理してみました。
この建物は以下の要素技術の一部を活用しています。)

自然エネルギー活用技術として、自然風の利用、昼光の利用、太陽光発電、日射熱の利用、太陽熱給湯、建物外皮の熱遮断技術として、断熱外皮計画、日射遮蔽手法、省エネルギー設備技術として、暖冷房設備計画、換気設備計画、給湯設備計画、照明設備計画、高効率家電機器の導入、水と生ゴミの処理と効率利用、以上を指針の要素となる技術としています。

それらの要素技術の組み合わせによって、冷房、暖房、照明、電力、給湯、水などがどの程度削減できるかを、指針では具体例を示してくれているようです。

(実は以下の詳細は10月の講習にて明確になります。)

自立環境型住宅

建築環境・省エネルギー機構では省エネルギーに関する種々の取り組みをしていますが、最近、「自立環境型住宅」の設計指針というガイドラインをだしています。
常々実践している自然風の利用方法に何か手引きになる参考文献はないものかと探していた矢先にこんな情報があるのを知り嬉しい思いです。
また世の中の全体的傾向もそちらへ向いているのを再確認できたように思います。

自然風の利用法を立地条件により郊外型から都市部、またその中間部の分けて一定の指針を与えています。

また、日射の遮蔽技術においても、普段利用する庇に関する利用法を整理しています。

光の入り方・・・窓の扱い

「部屋は明るくしてください」という要求が多くあります。
明るいという感覚は、温度に対する感覚と共通点があり室内に明るい部分とくらい部分、寒い部分と寒くない部分が混在していると特に体感がはっきりしてくるようです。

当然といえば当然です、特に寒さ対策は室内の温度差を無くすことによりかなり快適な状態を作れることは誰でも知っている定石で、どんなプランの住宅でも壁や屋根、開口部の性能をコントロールすれば一定のレベルは確保できますが、明るさは体感的にも個人差が計りきれずに苦労することがあります。

明るさにメリハリをつける意味で、朝に明るい日差しが差し込む窓、陽の高くなった昼間には、暑さを持ち込まない窓、夜は必要に応じて明るい部分とそうでない部分の使い分けを雰囲気作りと掛け合わせて考えるなどの工夫でかなり解決するようです。

これらは人間の感覚が許容できる一定の幅をもって環境に順応するという能力のお陰です。

とりわけ精神衛生的にも朝に明るい日差しを持ち込むことを考えに入れる暮らし向きは、お奨めします。

逆住宅ローン



逆住宅ローンを聞いたことがありますか?
リバースモーゲージ(逆住宅ローン)を扱う金融機関がでてきているようです。

リバースモーゲージ(逆住宅ローン)とは自宅を担保に老後の生活資金を貸り、契約者が死亡した時、担保の土地、建物で返済する仕組みです。
(土地の価格が下げ止まって来た為、脚光を浴び始めました。)

将来年金だけでは・・・ 
と思っている方には朗報ではないかと思います。
手に入れた住まいが、死亡時まで有効に使えます。

老後は年金と借り入れ金で生活し、死亡時担保の土地、建物で返済し、残った資金を子供に残す。
相続税もかなりの金額取られるようですし、この様な使い道は面白いですね。

設計者の手がけた住まいは、工事の履歴を残してその住まいの性能がどのような内容でどのようなランクかがはっきり解ることになり、ハードとしての価値が明確に表示できるため、逆住宅ローンには有利ではないかと思います。

改革機運にのって今後も、将来の不安が少しでもなくなるようなプランが出てくるのではないでしょうか。

houseとhome

「houseは壊れるがhomeは壊れない」と正確な文言は違っているのかもしれませんが、清家清さんの生前の言葉です。
建築をかじっていらっしゃる方ならばほとんどがご存じの建築家です。
小生が学生の頃、インスタントコーヒーのCMでその存在感が一気に一般化されました。
最近では、ご子息(清家篤さん)が教育テレビに出てられるのを見たことがあり、その風貌の生き写しなことに感激していました。

本当は「houseはハード、homeはソフト」だったかもしれません。
いずれにせよ、正確な真意はともかくも、家庭というソフトの骨組みがしっかりしていれば、住まいというハードは壊れても再生可能だという意味で解釈しています。

さらに、ハードの性能ばかりを競争的に追いかけても、建築業者のマスターベーションに終わってしまい、家庭の器としては機能しないという意味に拡大出来るようにも思います。

利潤追求を第一にするものには出来ない仕業を、第3者のコンサルタントとして設計監理者がするという基本的役割がここに存在しているようです。

話の分かりやすさ

「話が分かりやすい」の「分かる」というのは、ある疑問を考えるとき、脳内の処理回路が見つかり、整理がつくことを意味していると聞いたことがあります。
理解するとは分かると書くのは、整理先が分けられたということも指しているようです。
なんだか分かったような分からないような話ですが、ニュアンスとしては解ります。
確かに何かが閃いたときには、頭がスッキリした爽快感が走ります、「わかったー!」と平手を思わず打っていた経験は誰でも持っているように思います。

建築主さんとの打合せや説明で、「なるほど」とか「そういうことですか」、「解りました」と笑顔に変わる瞬間はとても嬉しい思いになるものです。
そんな言葉をいただくために模型を作ったり、パースやアニメや、吉本のギャグに近い親父ギャグだったりします。

もちろん設計の内容の深さや努力をごまかしてしまってはいけませんが、それが設計監理の丁寧さに連動していると確信しています。

サヤに納める

「元のサヤに納まる」なんて言います。
言葉の意味合いは意味深なものを感じてしまいますが、大事なものをサヤに入れておくという、こんなに簡単なことを建築の設備の世界、特に給排水の工事では常識とは捉えていなかったのです。
サヤ管工法と呼んでいます。
中の配管の取り替えがうまくいくように差し替える通路を最初から作ってしまうのです。
現場では、人間ドックのお世話になっているメンバーも多く、胃カメラといって冗談の種にしています。

作ったものは、一定の時期がきたら壊してしまうというスクラップアンドビルトという言葉も懐かしさに変わってきています。
資源のリサイクルが合い言葉になってしまった社会になって、初めて最も劣化の目立つ設備関係なのに「じゃーそうしようか」なんて言い出したサヤ管工法。

あまりに気がつくのが遅いよね。このあたりはドイツ人に負けているといつも感じてい
ます。

残念!!!!!サヤ管斬り

金物見参!

金物見参!とでも言いたげな存在、「いざ鎌倉!」とばかりに「この建物をお守り申し候」とこちらを向いて宣言されているようにも感じます。
従来からその必要性を叫ばれていましたが、阪神の震災から以降は一気にその使用が常識化して、伝統工法を周到している大工棟梁を押し黙らせてしまった観さえあります。

使用することの是非は、地震の発生を毎日のように報じる今となっては問えない状況にもなりつつありますが、それにしても「木が可愛そう」と言いたいのが正直なところです。

伝統的な木造の工法でも十分な耐震性が確保できれば金物の手伝いなど頼らずとも良かったのですが、日本人はその良さを忘れ去り振り返ることを怠り、金物の速効性にのみエールを送っているように見えてしまいます。

現金な国民性までも垣間見えてしまいます。
「お前は戦争を知らんから、がむしゃらに働かなければならなかった日本人のおかれた状況を知らんから、そんなノンキなことにかまってられたか」とお叱りも聞こえてきそうな気もしますが。

ともかくもこの金物のお助けマンに頼れば、耐震性を確保出来るのは、最近の多くの検証で実証されています。
ジレンマに陥ることなく、デザインさせて頂きます。合掌

ロフトの役目

ロフトは、物置と思っている方が多いのではないでしょうか?
英和辞典には以下のように出ています。・・・・・
━━ n., vt. ロフト ((倉庫・工場の上層階で,アトリエ・スタジオなどに利用)); 屋根裏(にしまう,たくわえる); 干草置場; (教会・講堂などの)階廊, 桟敷(さじき); 【ゴルフ・クリケット】高打ち(する).・・・・・

やはり主役には思えない内容ですね。

ここにも出ているようにロフトは屋根裏の部分を指しているようですが、室内の環境的には、ここに夏には熱気が集まってきます。また冬には暖気が集まってくることもあります。
すなわち、他の部分とは温度差ができるからこそ、環境劣悪で従来はのけ者だったのでしょうね。空間の形も三角だったり斜めだったりしますから尚更ですね。

ところがこの空間は「男の子の隠れ家の夢」をくすぐる空間であることを思うと多くの使い方が浮かんできます。

そして何よりも、工夫さえすれば温度差による風の動きを誘導する場所でもあります。
建物全体の環境をコントロールできる要素もあるのです。

そしてもう一つ、そんな工夫は世界中の伝統的建物にも見られる工夫でもあります。

デザイン・寛的・その3



建築設計の専門家の作品や仕事は、デザイン性が強いというのが一般的印象ではないでしょうか、たとえば「変わったデザイン」という言葉でひとくくりになっているようにも普段から感じています。

「変わった」という言葉は、そう発したことで自分には関係のない分野であることを伝えたい意味も含まれているのでしょうが、生業としているものにとっては、その程度の守備範囲では設計事務所経営者の生活は成り立ちません。
(なんかいきなり現実的なことばが出てしまいましたね)

いつも「デザインには理由をつける」という作業をすることにしています。
感覚に頼ってゆく部分は、もちろんありますが、理由を探すことによって中身のある設計に変身してゆくことになるでしょう。

つまり、まずデザインありきとスタートしますが、その形を創る理由、根拠、そしてデザインの意味も拡大解釈を試みたりと、考えを展開してゆくことが必要と思います。

理屈っぽいかもしれませんが、自分なりの新しい発想は、そんな苦し紛れの中から生まれてゆくものだと信じています。
デザインのスタートは感性と苦かもしれません。

野地板は野にあらず

建築の現場用語に「野」と「化粧」という言葉を使うことがあります。

「化粧」は化粧柱、化粧材、化粧板など、完成段階では表に見えてくる材料、「野」は野地、野もの、といった具合に主に下地となる隠れる部分で仕上げをしない部材を指したりします。
野地板は屋根の防水材の下に張る板材のことで、伝統工法ではヒノキや杉の板を勾配方向に張られてあるのを見た方もたくさんおられることでしょう。

「捨て」という言葉もよく使いますが、床下の捨て張りなどもバリヤフリーには欠かせない工程になってきております。

これらの屋根の野地板や床の捨て張り板が、今となっては一躍スターダムに(木造の構造の世界では、)のし上がってきました。

何故かと言えば、垂直方向の耐震壁ばかり丈夫にしても、水平方向の床や屋根を丈夫にしないと地震力は伝わらないからです。
専門家でなくても想像つきますよね?箱の横面があって上面がなければ壊れるに決まってますでしょ?

もちろん伝統工法でもそれらの部材を「野」とネーミングしてきた事情は歴史的にも工法的にもはっきりしておりますが、現代の木造ではこの「野」の一文字は下地となる捨て材ではなく、隠れた力持ちとして解釈し、釘やビスの数、打ち込むピッチ、使用する工具まで見守って丁寧に作業してやる必要の出てきた主役のひとりです。

エアバリヤーって何?その2

エアバリヤーの考え方については以前紹介しましたよね。
この考え方を知る前は、南雄三さんの本をしきりに読んでいました。
断熱・気密・換気についての解釈を丁寧に解りやすく書かれていますので、興味のある方は是非読んでみてください。
もし、あなたが住宅の設計者であろうとなかろうと読みやすくて参考になること請け合いです。

エアバリヤー(気密)に関する考え方を知るには、英語を読めなければ学問的には100パーセント理解できないという、日本での専門書は稀薄な状態のようです。
これについては、断熱・気密・換気の関係を理解されてからですとより理解がすすみますが・・・

ただ、この点は誰でも理解できると思うのです。
極端な例ですが、窓を開ければ空気が外部へ逃げますよね、同時に室内が冷房をかけてあれば冷気も逃げるのは当然です。

冷房をかける季節に窓を開放する人はいないでしょうが、部屋を密閉したとしても、壁や屋根、窓そのものの断熱性能をどれだけ上げても、漏れてゆく空気が運ぶ熱ロスが格段に大きく、これをコントロールできなければ省エネルギーは出来にくいのです。

この点の解りやすい例としては、鉄筋コンクリートのマンションにお住まいの方は、最上階でない限り結構エアコンの効きがよくありませんか。
断熱が良いのではなく、部屋を囲んでいるのが密度の高いコンクリートですから気密が良くて効きがいいと言えるようです。

小生としても、このあたりの勉強を進めてもっと解りやすい説明を書き加えてゆきたいと考えています。

休日という言葉はいらない

休日という言葉は小生の辞書には無いようだ。
なんて格好のいいことを言ってはみたものの疲れるときは疲れる、人間だから当たり前。
妙な精神論で正直な気持ちを隠して仕事を押し進めるのは世代ギャップも甚だしいのですが、休日を国民の権利だと何という理由もないのに無理に休もうとするのは、仕事というものが自分にとってどのようなものかをしっかり掴んでいない人のやることのようです。

休日というのは1日単位で睡眠を区切りとして時間の使い方を規定した人間の知恵ですが、小生には最近言われることの多い「ON-OFF」というスイッチのような表現が好きです。

これは以前も取り上げたバスタイムの過ごし方に重点を置く住まいの考え方にも関連します。
年中仕事のことしか頭にない小生には、バスタイムでのOFF時間には脳波がアルファ波になり、瞬間的に納まりのアイデアやブログの話題などが浮かんできて、ちょっと得した気分で夜なべ仕事が楽しくなる時もたびたびです。

このお盆もやはり一日通しでノンビリした日はなかったのですが、意外と気になっていない。
連続的に年中無休で続く設計と現場監理を、休日という世の習慣で思考を切ってしまうことの出来ないのは、単なる性格のせいなのかもしれないのですが、太陽の浮き沈みに関係なく毎日を「ON-OFF」という気持ちの切り替えの連続状態で過ごす考え方が似合っているように思います。

住まいを考える上でも連続的に自分の生活を見つめていくのが必要だから、これは自然な流れなのかも知れない。

真夏の選挙と建築

どんな関係があるのでしょうか、選挙と建築には?
毎日のように報道されている真夏の選挙の話題には「刺客」という言葉ばかりが響き渡っている。まさにマスコミ好みの内容に仕立てられた番組構成に感心することしきりです。

郵政民営化に関する参議院での採決に反対票を投じた議員に対する自民党非公認という処置や国会解散に対する是非など、雲の上のことなどと知らない顔を決め込んでいる人が、建築設計家にはどのくらいいるのでしょうか?

小泉さんは解りやすく「郵政民営化」の是非を国民の皆さんに問いたいと選挙に踏み込まれましたが、本当は今までの時代の流れを変えなくていいですか?と問いたいのだと思います。
「あの人には世話になったから」という理由で「あの人」に投票ではなく、官民の癒着を断ち切る大鉈を振ってムダな税金支出を抑えるきっかけに、ここらで大きく舵を切ってともかくも道を右か左か決めましょう・・・と判断を仰いでいるように小生の眼には映っています。

これと建築とどう関わるかですが、設計屋として熾烈な競争に生き残るために、(もっとも競争ととらえてしまうことが小生のは合わないのですが)この流れに乗ろうとするのではなく、日々の業務というより設計活動の中にも、官と民の関係がどのような影響を及ぼしてくるかを日々考える必要があるようです。

仕口(しくち)

仕口(しくち)という言葉の響きには建築用語の伝統性を感じてしまうのは小生だけでしょうか?
仕事のやり口とでも言いたげな職人世界の臭いがします。

木造の水平材、垂直材、斜材を組み合わせるときの接合部のことですが、このブログを続けて読んでくださっている方には、以前「一体化」の話題でも触れたことに関連して、その接合部にかかった力を的確に伝える重要な役割のある部位です。

この部分をよく見て頂くと、どの程度の力を伝える必要のある部分かによって形がいろいろありますし、引っ張り方向か、圧縮方向か、せん断方向か、どの方向に力を伝えるかも考えられた形にもなっています。

また組み合わせるときの作業性や、組上がったときの接触面の時間軸での変化までも予想された形でもあります。

この世界に入って最初に見たときは、おかしな話ですが、本当に感動してしまいました。

いくら機械化されていっても、こんな場所に伝統が息づいているのを知っておいて頂くのも、家創りの醍醐味です。

きみまろと住まい

綾小路きみまろはご存じですか?
住まいと関係なさそうですが、大いに関係あります。
落としをひとつ「老婆の休日」、この落としにたどり着くくだりは、それぞれ思い描いてください。小生は知っていますが。
彼の漫談はかなりきわどくて差別の批判も受けたようです。
今回はそのあたりは脇に置かせて頂いて、ネタの作り込まれた面白さを一度味わってくださるよう、お笑いの隠れファンとしてはお勧めします。

大声で笑うことの健康への効果は「笑う門には福来たる」じゃないですが事実であることを医学的にも研究されているようで、実際にその効果も臨床されているようです。
これを住まいの設計にも取り入れたいものだと、某テレビ番組を見ていて思いました。

具体的方法論はいくつも考えられますが、建物の物理的仕掛けで実現しようとすると、問題の取り違えみたいで、想像すると笑えてきます。?

真面目に考えると、まずは家族が一卵性家族的雰囲気を作ってゆけるのが第一かなということになってしまい家の構造的なところからは離れてしまいそうですが、家族の構成員のお互いが見つめ合う環境、離れて自分自身を見つめる環境、それぞれの場所を提供できるようにして、家族が集まれる場所で集合できる時間を作り、きみまろの漫談で大声で笑い気持ちを解放できること、そんなメリハリが生活に生かされてゆけることを想像しつつのプラン創りかな・・・・と思いめぐらせていました。

設計を託すのは建設会社?建築設計家?

設計を託す相手として、建設会社と建築家のどちらがいいかを迷ってみえる方は多いようです。
「迷ってます」という質問をされる時点で問題意識を持ってみえるわけですから、両者の違いを勉強されると、いえ創りにプラスに作用するのは当然で、選択がどちらにせよ迷う価値は充分です。

最近の日経アーキテクチュアにはこんな記事が掲載されました。
建築家は将来性ある職業と感じている人が調査人数に対して約5割という結果です。
仕事を確保するのに奮闘しておられる御同輩、諸先輩に「仕事がないなんてお嘆きになりますな」とお教えしたい内容でしょう。

調査対象は学生100人、男性社会人100人、女性社会人100人、平均年齢31、5歳ということで、若い人たちの意識が私たち設計者に向いているのが確認できているということは社会的な存在価値があるという証拠です。

実際、小生の関わっている案件でも、そんな流れを感じることはあります。

住まいの夢を託したいという大きな目的だけでなく、欠陥住宅、悪質リフォーム、シックハウス、アスベスト問題、などの専門家としてのサポート、建設会社の利害に左右されない建築主の立場に立ったサポートは必須です。

医食・住・同源




医食同源という言葉がありますが、これに住を強引に加えてしまいました。
住まいの中で、特に最近身近に感じたのはバスルームの存在です。
12時近くまで毎晩パソコンに向かっていることの多い小生は、家族の中で最後に入るか、早い時間に短時間に済ませることの多いのですが、それでも必ず浴槽に沈んで実行することが、首の延髄あたりまで湯にゆっくり浸けること、沈んでいる時間がもったいないときは、シャワーで首の後ろ延髄あたりに湯を当てること、浴槽の中で簡単な腹筋運動をすることです。

特に前者はおすすめします。頭がスッキリして、アルコールが入っているときなどは抜けてゆくのが良くわかります。

ユニットバスメーカーが浴槽の中に小段を付けてある物を多く販売するようになったのも、足湯のようにして、体(心臓まで)全体を沈める前に30秒おいてください、という体をびっくりさせないためのようです。
なにも子供と一緒に入るためだけでもないようです。

バスタイムを大切にすることは年齢を問わずに「食」同様に「医」の役割を担っています。健康のためのスポーツをする時間のない人、体力的に出来ない人には、そんな思いも住まいに託しましょう。

風や音を生かす

あなたは枕をどちらに向けて眠ってますか?
小生の場合は2階の南面のベランダのある部屋で南枕で眠るのが最高です。
特に夏などはベランダからの南風が涼しくて、カエル(?)や虫の音も心地よく聞こえてきて脳内のアルファー波が出っぱなしで、疲れがとれます。

住まいの立地条件によっては、南面に奥行き広めのベランダを作り、床から高さ2m程度のサッシを幅広にしておき、そのサッシとなるべく直面する北面からの風の通路を作ってやると、この楽しみの環境が実現します。

夜風の心地よさもさることながら、虫の音や可愛いカエルちゃんの鳴き声は涼しさをちゃんと増幅してくれるから、そんな組み合わせを創ってくれた神様に感謝したくなります。

北枕が健康にいいなんて話も聞きますが、南枕がおすすめです。
敷地の環境条件を考えて、そんなポイントを押さえたデザインを実行するのも、幅広く考えをまとめる設計者の役目です。

また建築主さんもそんな余裕をもっていえ創りに臨んでほしいものです。

情報の箱



雑誌などで現代人は繋がっていないと不安を感じてしまう・・・・なんて文言をよく眼にしませんか?
携帯電話の普及がかなり進んできたことで、確かに建築主さんや現場との連絡もリアルタイムで行えるようにはなってきましたが、上手に使い分ける知恵を持たないといけなません。
心情と同時に用件を乗せたいときは電話、説明内容を整理したいときはメールと添付写真データ、大切な確認事項はといえば、やっぱりお会いして・・・・

「とりあえず」ということばを使いたがる人を見かけることがあります。
あまり頻繁にでてくると耳について不愉快な思いもします、小生などは理屈っぽいので「とりぜずはいいけれど、いつが本論なの、決定はいつ?」と言いたくなってしまいますし、現に「ところでその結論は?」訊ね直しています。

あまりに短時間に何度も通信できることが生み出した言葉が「とりあえず」かな?
繋がっていないと不安だからかな?

住まいの中には情報ボックスを作って、ネット関係や有料放送などのケーブル管理が容易に出来るようにしていますが、もしこれを作らなかったら狂乱状態で怒られそうな気がします。

現代は人と人が携帯で繋がっているようで、実は繋がっていないから、多くの人に囲まれて暮らしているようでも、不安に囲まれてしまうようにも思います。

ある建築家が「住まいに繋がる電線を全て無くしたら、人は不安から解放されるのだろう」と言ってみえました。たしか石山修武先生だったかな?

小生が作る情報ボックスが不安を解放できるような機能が付加できると面白いですね。

今日は美化デー

今日は朝8時から地元、揖斐川町の美化デーでした。
まるで小学生の日記風なスタートですが、私の地元では子供もほんの短時間ですが、ゴミ拾いなどを手伝ってくれます。
1年に3度程度、お盆前やお正月前、年度替わり時期には良い習慣になっています。

家の廻りの細かな状況を把握するという心構えは、特に感じて参加はしていないのですが、周囲の人との簡単な挨拶や会話の端に休日の心の栄養をいただく思いもします。

現代風にいえば、子供の協力は街の一員としてまちづくりに参加してもらうということでしょうか。
しかし、そんなカッコヨク言わずとも、「ああおはようございます」から始まり、淡々と協力して共同作業をこなし、最後は会長さんの「ご苦労さん」で散会するという行動パターンそのものが、子供の心の栄養なのだろうなと感じます。

本当のまちづくりはそんな何でもないストレスとは無縁な状況から根付いてゆくのだろうと思います。
また「いえ創り」も近隣や街とのそんな関わりを知ってこそ、安定感のある性格の子供が育つ「いえ」、として成長するように感じます。

いえ創りの意味も考えることが「いえ創り」を充実させてゆくコツと言えるかもしれません。

今は昔・今も昔も・・・

今は昔、竹取の翁という・・・というと今昔物語?学生の頃習った記憶が・・・
昔話の真実が変わらぬように工法や建材、機械やシステムが変わっても、現在のその姿を変えて生き残っているものがあります。
住まいの統括管理者は棟梁という大工の頭(かしら)がこなしてきたのが伝統的な木構造の世界でした。

プレカット(木軸組の工場加工)が登場してからは、設計者も棟梁との打合せは無くなり、プレカット工場の加工図担当で若いパソコンオペレーターとの詳細なやりとりに変わってしまいました。

機械の精度もかなり良くなり、正直に言うと大先輩の手加工大工との打合せよりずっと効率的で詳細な打合せが、数値データに基づいて出来るようになり、嬉しい限りです。
とはいえ、造作といって建物内部の仕上げ加工は、相変わらず大工さんの手加工ですので、やはり木材の癖を読み込む経験値には信頼をおいて工事を進めています。

木工事がその大半を占めた過去の良き時代では棟梁の統括管理がシステムとして最高でしたが、住まいの関わる機械や電気、ITなどあらゆる分野にわたる技術統括に加えて、最も大切な建築主とのコミュニケーションを円滑に進めるには設計という第3者の専門家としての必要性は、これからの「棟梁」と考えています。

現場の監理という法的な血の通わない響きを超えた存在価値を求められていると思えてなりません。

今日はすごく真面目なマトメでした。OK!ひろし

花とおじさん・ユニットバスと鏡



花とおじさんはともかく、ユニットバスと鏡はミスマッチとも思えませんか?
浴室は必ずユニットバスとするのは設計屋としては安直すぎる判断かもしれませんが、毎日お世話になる場所ですので、各メーカーさんの知見の集積を買って頂くのが賢明なようです。
何故か、どのメーカーも異口同音に大きな鏡がセットされています、オプションになっているメーカーはまずありません。

綺麗好きな日本人にはそれを不思議に思うことが少ないのでしょうか?
もちろんユニットバスでの過ごし方には個人差があるのでしょうが、ユニットバスにおける鏡論とでも言いましょうか、あのスペースを空けたら面白い展開が望めるのではないでしょうか。
メーカーの企画担当の方、これを読んでみえませんか?

あるご主人は、「ユニットバスの中で自分を写してどうするの?髭は電気カミソリの方が早くて綺麗に剃れるし、鏡は洗面所にあるんだし」
ある夫人は「あなたが出た後の鏡の掃除はおことわりよ、自分で出る前にやっといて、私も忙しいんだから」

話を広げて住まいにおける鏡論なんてのも集約整理すると面白いんでしょうね。

生活ってのは人によってとらえ方が違い、その意見を聞いていると面白いアイデアが引き出されてきます。

一体化すること

設計上でも工事でも、2つのものを一体化するという技を考えつつ作業を進める必要があります。

解りやすい例では、基礎などコンクリート躯体(骨組み)における打ち継ぐ技術です。
構造計算では柱と梁(柱と柱を横に繋ぐ部材)とは完全に一体化している、地震のときなどは力が滑らかに柱から梁に伝わると仮定していますが、現場での造る作業ではその仮定通りに理想に近い状態で打ち継がれることはありません。

ご存じない方にはショックかもしれませんが事実です。

構造の計算をする際にはそんな現場でのリスクを前提に安全率を見込んでありますが、それでも現場の作業条件次第でその安全率も吹き飛ぶようなことも起きます。

「設計でそれを充分フォローできる工夫をすればいいではないか」と思われる方が多いでしょうね。
ところが、それは出来るときとそうでないときがあります。
なぜならば、設計者は現場で出来上がってくるものと、建築主(クライアントと呼ばれることもあります)との考え方を一体化する作業があるからです。
建築主の意向に沿ったデザインを提案する義務があるからです。

建築主が店舗経営者ならば、お客様に顔を向けて計画を立案しなければなりません。
ここにも一体化する作業があります。

例はコンクリート躯体の一体化ですが、人間の意向や目的の一体化まで絡んでゆくのが建築という世界です。

土木の災害防止とはカラーが違っていますよね。

お話ししたかったのは、もっと大きな意味でしたが、時間がないので今日はこのあたりでおしまいひろし。

そんなことでA会!

そんなことでA会?(エーカイ)いや僕はB会で結構????
友人と談笑しているときに出た言葉です。
言わずと知れた例の談合事件、業界を守るための行為であることは明白ですが、私たち納税義務者にとっては腹立たしい限りです。

民営化の荒波が荒れ狂っている時代を迎え、官にもたれきっている関係者は、その縦方向の見えない絆がどんどん細くなってゆくことでしょう。

結論から言うとその「業界」という語句の意味内容が大きく変わって欲しいものです。また変えなければいけない時代に入っているように考えています。

そんなことでエーカイです。?

エアバリヤーって何?

エアバリヤーという言葉は聞くことが少なくても、高気密という言葉は聞かれることが多くなったのでは無いでしょうか?
新聞紙上でも、Q値、C値なんてのもよく報じられていますが、建築主さんによっては謎かけのように訊ねてこられる方もいらっしゃいます。
これらの値は住宅の熱性能を数値で解りやすくしたものですが、解りやすそうで実感しずらいものでもあります。

昔から風通しの良い家がいいなどと言われますが、この風は自然の力で勝手に入ってくる風のことなのです。
風は空気の動きですから、囲まれた住まいという空間に居る人間には体感的に涼しい思いをさせてくれます。

ところが一歩踏み込んで考えてみると、空気は同時に水蒸気や熱を運んでゆき、これがエネルギーロスに繋がってゆくことになるということです、すなわち、逆にそこの部分を神経質に検討しコントロールできれば、省エネ効果が高いということです。
このコントロールをするのにエアバリヤー(気密)という性能が必要になります。
外断熱とか軸間断熱とかいって工法を競い、住宅全体を断熱材で包み込むことに努力するよりも、その中を行き来する空気そのもの動きを見つめた方が効果的なようです。

読んで頂いている人によっては、すべて当たり前のことばかり書いているようで何を寝ぼけているの?と言われそうですが、こんな簡単な話に日本の住まいは何年も無関心というか、不器用で大雑把でいたようにも思います。

室内の空気を管理コントロールするということは、エアバリヤーが前提となります。
小生はこれに現在注目しています。

このあたりが解ってくると、たとえば微量の換気能力の換気扇を幾つも付けてあることに嫌悪感をいだく建築関係者もいらっしゃいますが、その建築業者さんにこそ嫌悪感をいだいてしまいます。

これに限らず、ちょっとでもマニアックに関心を強くもっていたほうが建築主さん自信も最終的に得をするのも事実です。